直感にしたがって世界一周をやめたら人生が面白く転がり出した




わさこは2014年に一年間の世界一周を計画していた。

2年ほど準備し、200万円の資金を貯めた。

当時住んでいた札幌の部屋を引き払い、勤めていた職場の同僚からも盛大にお見送りをしてもらった。

厳密なルートなどはほとんど決めておらず、漠然と中国北京からなるべく陸路でユーラシアを横断しようと思っていた。

 

北京の友人を訪ね、一週間ほど滞在した際、彼女のエスコートの元万里の長城へ連れて行ってもらった。

万里の長城も、比較的アクセスがよく観光客でごった返すスポットと、公共交通機関では行けないがその素晴らしい景色を独占出来る穴場スポットがあるようだ。

 

友人はタクシーをチャーターしてくれて、その穴場まで連れて行ってくれたのだ。

この世界一周の意義はなんなのか、万里の長城にて思う

わさこは恥ずかしいことに中国の歴史を知らない。万里の長城に立った時、その絶景に息をのむと同時に体のどこかで「これは、なんか違うぞ」と、もう一人のわさこがつぶやいたのを聞いた。

だって。わさこは歴史を知らない。有名な万里の長城にきた。ただそれだけだ。

20代半ばなら、まだ”ただそれだけ”でよかっただろう。でもわさこはもう30を過ぎていた。

 

スタンプラリーのように有名な観光地を巡り、ろくに歴史も知らず学ばないまま訪れ、そして後からも調べない。

そして何かの折に「私万里の長城行った事あるよ!」、それを言いたいが為の中身のない薄っぺらい動機付けによるこの旅。

 

わさこは心のどこかでとっくにわかっていたこの旅の不毛さを、万里の長城の上で体感として猛烈に思い知ったのだ。

「こんなんじゃ、この旅を続ける意味がない。ただのミーハーだ。」

それに気付いてしまったわさこ。世界一周に出てまだ一週間しか経っていない最初の最初。

旅を続けるべきか、否か。

 

そもそも世界一周を決めた動機が不純なんだよな

わさこはこの世界一周の前に二度、長期の海外経験をしている。

一度目は24歳の時にオーストラリアへのワーホリ。二度目は28歳の時にカナダへのワーホリからの南米バックパッカー。

 

海外経験は本当に素晴らしく目が開かれる思いで、様々な事を経験した。

それはいい経験だったし、間違いなくその後の人生の糧になっているのは断言できる。

 

ただ、余計な自尊心を肥えさせてしまった感は否めない。

一年のワーホリで英語もろくに学ばずに、日本人や英語の出来ない韓国人とつるんでだらしない生活をしていた。

それでも日本に帰れば、ワーホリ経験者は少なく、経験を話せば「すごいねー、私にはできないよ」とか「行動力あるよね」とかそんな賞賛の言葉を簡単に得られた。要はそういうアイデンティティを持つことによって承認欲求が満たせることを知ってしまったのだ。

 

それでも25歳になってオーストラリアから帰ってきた時、他の人とは違う経験が出来たと誇らしく思う一方、みんながコツコツ積み上げているキャリアを一年分落っことしたんだな、とも感じた。その感情はわさこ自身がオーストラリアで死に物狂いで何かを得ようとしたかと聞かれたら、そうではなかったことに起因するのだと思う。

 

帰国後、また適当に仕事を見つけて働くも、数年すると旅の虫が疼きだす。

そして「今度こそは英語をモノにしよう!」とリベンジをかけてカナダへのワーホリを決意する。というのは口実というか第二の目的みたいな感じで、本当は平々凡々とした生活と自分に嫌気がさし、「海外経験豊富なわたし」というアイデンティティーを強化したいというのが隠れた動機だったと思う。

日本にいてもつまらない日々が続くし、キャリアアップも見込めない。そんな腐りかけたわさこには海外逃亡しか思いつかなかったというのもある。

その時点で動機がだめなんだけどね笑

行動の全てが「他力本願」。

 

「日本にいてうだつが上がらないから海外に行く。海外に行けば何か素晴らしい経験がわさこを変えてくれるはず!」

自分で意識したことはなかったし、気付いていても見ないようにしていた本音がこれだ。

 

そうしてカナダに行くも、動機が不純な為、「札幌とトロントは似ていてつまらん」と一年のワーホリの予定を半年に短縮し、半年分を南米旅に充てることにしたのだ。

南米旅は本当に楽しかった。それを追体験したい気持ちと…

南米の旅は、トロントに降り立った初めての夜に運命的に出逢ったスズキチと勢いで決めたのが実現した。

その旅は珍道中で、何も知らずに訪れるたくさんの国や町はただただ楽しかった。

 

流れに身を任せて、その時の気分で行き先を決める。

こんな自由な旅が自分に出来るとは思っていなかった。そして、仲間がいる。最高だ。

 

 

帰国した後も、中南米の旅の記憶の鮮やかさは消えることなく、わさこの旅好きの虫を疼かせる。

 

そして、つまらない日本の生活にまた戻ってしまった。

わさこ29歳。

そこで人生を考える。

 

 

もう年齢にリミットのあるワーホリは資金を貯める期間を考えると現実的ではない。

そろそろ結婚していない友達も少なくなってきた。わさこの人生は今後どうなるのかな?という一抹の不安。

真面目にコツコツやってきた友人たちは手に職をつけたり、会社での地位を築いたり、結婚して家族を持ったりと年齢相応の人生のステップを手堅く踏んでいる。

それに比べてわさこはどうか。何もない。何もないんだ。

 

破天荒に生きていくしかもう、道はないのか…。

 

わさこは単純バカ思考回路で、破天荒=海外放浪=世界一周という考えに至ったのだ。

特にやりたい事も思いつかず、人生のあらゆる面で行き遅れた感の否めないわさこ。

「海外放浪をしてて好きに生きてたからしょうがない。」という免罪符が欲しかっただけなのかもしれない。

 

世界一周をやめて人生がうまく転がり出した。

 

と、回想録を経て冒頭に戻る。

わさこの世界一周に猛烈な違和感を覚えながらも、特に何もなければこのまま続いていくんだろうなとも思っていた。

 

そんなわさこについに啓示が。

なんとなくFacebookを見ていたところ、岡山でゲストハウスの管理人を募集している。

ゲストハウス運営に興味を持っていたわさこは、いつだか札幌のゲストハウスを訪れ、運営やゲストハウスを開くまでのあれこれを聞いていたのだ。

そのオーナーさんが、知り合いのゲストハウス管理人募集の記事をシェアしていたことで、その記事がわさこの目にとまったのだ。

 

その記事には岡山の田舎でオープンしたばかりのゲストハウスの管理人を募集している、という内容と、その街の小高い丘にある公園からの景色の写真が載っていた。

その写真は桜の季節。ピンク色に色づいた桜の木々と穏やかな雰囲気の公園、その向こうに小さく町が広がっている景色。

わさこは、猛烈にそこに行きたくなってしまったのだ。

そして、妙な感覚、直感、啓示、どういう言葉で言えばいいかわからないが、そのようなものが降りてきたのを感じた。

 

わさこはあんなに盛大に世界一周を送り出してくれたみんなの顔を思い浮かべて、迷った。

でも、心はこっちだ!!と言っている。

その結果、答えに行きついた。

世界一周を途中でやめることは確かに恥ずかしい事かもしれない。でも、その恥ずかしさを越えてもやってみたいと直感が言っているなら、その選択は逆に勇気だ。わさこは自分の為に行動する。

そして、たったの2週間で帰国して、未知の土地岡山に拠点を移すに至ったのだ。

そこでは生涯の友人に出逢い、たくさんの経験をした。

 

全てが繋がり今がある。

 

語弊をがあるといけないので断っておくが、世界一周を否定しているわけでは全くない。

わさこのように、無目的な上に自慢したいだけで、アイデンティティ強化の為の世界一周はダサいと言っているだけ。

しっかりと現地での体験を活かせる人がほとんどだし、みんな崇高な目的を持って世界一周に行くのだ。

 

そして矛盾するようだが、そんな無目的でダサい動機の世界一周だったとしても、続けていればそれなりに発見や学ぶこともあったと思う。

要は自分が何を選択して生きていくのかということだけ。

全てに意味があるからね。

 

とてつもなく長くなってしまった上にまとまりがなく駄文この上ないが、いつかの折にまた手直ししようと思う。

 

人生って面白いね!!!