
ドッキリが嫌い、見れない人は共感性羞恥という現象が起こっている。
いこも昔からドッキリが嫌いで、テレビでドッキリが放送されていたりすると絶対にチャンネルを変えていた。誰かを怒らせたり、恥をかかせるようなタイプのドッキリが特に苦手。
その現象を共感性羞恥という現象だと知るまでは、ただ単に個人的な趣味嗜好の問題だと考えてたし誰かに同意を求めることもしなかった。
でも、2016年8月24日放送のマツコ&有吉の怒り新党で、その感情には『共感性羞恥』という名前があることを知った。
目次
【共感性羞恥】という心理現象
マツコ&有吉の怒り新党の番組内の視聴者からの投稿では、『「この後、この人は確実に恥をかくだろうな」というシーンを見るのがとにかくいや、一緒に見ている母親に言っても理解してもらえない』という内容。
これにマツコさんはすごく理解を示していた。
見てられないシーンは人それぞれあるようで、マツコさんはドキュメンタリーや2時間ドラマなどで犯人が崖の上に追い詰められるシーンがダメみたい。
この感情にはしっかりと名前がついていて、共感性羞恥というらしい。「ドラマの恥ずかしいシーン」や「他人のミスを目の当たりにした時」に、自分が恥ずかしい思いをした時と脳の同じ部分が働いてあたかも自分の失敗のように感じてしまう現象のことを言うそう。
共感性羞恥という言葉、その時初めて聞いたけどドッキリが見てられない原因がわかったのはかなりの収穫だった。
マツコ&有吉の怒り新党の番組内で紹介されていた見ていられないシーンの例として
- 学園ドラマで授業中に居眠りしていて、寝ぼけて「お母さん!」とか言ってしまうようなシーン。
- ドラマ「裸の大将」のようなドジな主人公が失敗ばかりしてしまうようなもの。
- 時代劇などで悪代官が悪だくみをする場面など。
いこは上記どれも当てはまらないが、ドッキリだけは本当に嫌い。ただ驚かせるだけものや、落とし穴に落ちる系は全然大丈夫だが、恥をかかせる、とか勘違いさせて微妙な空気にさせる、とか自分の身内が犯罪を犯して捕まる系のガチだましみたいなやつが無理。
10人中1人の割合で感じる共感性羞恥
マツコ&有吉の怒り新党の番組内のアンケートによると、10~80代の男女500人中、共感性羞恥を経験したことがあると答えたのが10.4%、経験なしが89.6%とのこと。
10人に1人は感じたことあるのか。いや、でもマイノリティーなのね、これ。
「共感性羞恥」って名前に”共感”という言葉が入っているところからもわかるように、感情移入しやすい人が感じるんだろうな。
いこも昔から感性が豊かだったし(うるさい)、振り返れば恥ずかしい思いとか恥をかくようなピンチな時とかいっぱいあったから、そういう経験を多くしている人が共感性羞恥という心理現象の経験をしやすいんじゃないかなっていう個人的見解。
なんとなく見ていたバラエティで共感性羞恥という現象を学び、自分に対しての理解を深められてかなり得した気分。
有吉が共感性羞恥を経験したことあるマツコさんに「じゃあさ、ダチョウ倶楽部の押すなよ!!にもあの人押されちゃうー!!ってなるの?」と突っ込んでたけど、いこもマツコさん同様に、あれは不思議と初めから見れたなーーー。
共感性羞恥は程度や場面に個人差がある
共感性羞恥について調べてみると、共感性羞恥を感じる場面や程度にかなり個人差があるなーという印象だった。
共感性羞恥を感じる場面の違い
ドッキリやモニタリング系の誰かを騙すタイプのものや、誰かの行動がスベっているような場面、後はアニメの主人公が失敗するような場面に共感性羞恥を感じる人もいるようだった。
いこは先述の通り、誰かが恥をかくシーンや誰かを怒らせてしまいドッキリの対象者が困惑するようなものに猛烈に共感性羞恥を感じてしまう。
共感性羞恥を感じられやすい番組
- 水曜日のダウンタウン
- モニタリング
- スカッとジャパン
- イッテQ
- のど自慢
- ちびまる子ちゃん
- クレヨンしんちゃん
- ドラえもん
- サザエさん
共感性羞恥を感じる場面や状況
- お笑い芸人がすべるシーン
- ドッキリで先輩や目上の人を怒らせるシーン
- 話の食い違いネタ
- 恋愛小説や映画などで主人公の女の子が恥をかくシーン
- イッテQで出川やみやぞんがでたらめ英語をしゃべっているシーン
- 女王の教室で女の子がおもらしをするシーン
共感性羞恥を感じる程度の違い
共感性羞恥を感じることを特に気にしていない人もいれば、治せるものなら治したいと思っている人もいて、共感性羞恥に悩まされる程度にもかなりピンキリであるようだった。
いこはドッキリの番組が放送されていたらチャンネルを変えるだけで、それにずっと囚われることはないが、目をつぶり耳を塞ぐ程の拒否反応を示す人も中にはいるようだ。
共感性羞恥に似た感情もあるようだ
共感性羞恥に関して調べていると、共感性羞恥とは少し違うけれども、羞恥(恥ずかしい)ではない別の感情を共感し、あたかも自分が経験しているように感じしまう現象もあるようだった。
共感性羞恥に似た感情
- 誰かが泣いていたりすると頭で理解していても自分の悲しみのように感じて涙が出てしまう人
- 他人が否定されると自分も否定されたような気持ちになる
共感性羞恥に似た感情についている名前
HSP(Highly Sensitive Person)
読んで字のごとく、とっても繊細な人。五感がとても敏感。
失敗恐怖症
失敗恐怖症患者は自分がリスクを伴う行動、または伴うと判断した行動を行おうとすることに対して極度に反発・抵抗してしまう。これは、失敗したときに結果として残る恥ずかしさと屈辱をなんとかして避けたいためである。
出典:ウィキペディア
言葉でカテゴライズしているけど、感情なんて言語化できないグラデーションの途中の感情だってあるわけで、ひとくくりには出来ないんだろうけど。
まとめ
そんな感じで共感性羞恥に関して調べてみた。
いこは個人的にドッキリが見られない現象が『共感性羞恥』という名前がついていることを知ってから、共感性羞恥を感じる程度が少なくなったように思う。
少しだけ生きやすくなった気がするので、今までドッキリが嫌いでもやもやしてた人が、この記事を見て少しだけ肩の力でも抜けてくれたらいいなと思う。
昔から苦手でドッキリ番組がはじまるとすぐにチャンネル変えてました…
恥ずかしい。見てられない…