【変な人日記7】前置きなく自分の喋りたい事だけ喋って消える神出鬼没男

変な人日記7-前置きなく自分の喋りたい事だけ喋って消える神出鬼没男




いこが東京移住前に済んでいた岡山の港には変な人が多かった。

誤解を恐れずに言えば、変な人しかいなかったように思う。僭越ながらいこも含めて。

(誤解のないように名言しておくが、いこは【変な人】はほめ言葉としてつかっている。)

今まで出会ってきた全ての変な人を【変な人日記】で紹介していきたいと思っているが、書き始めると記事のボリュームがすごくなってしまうことがわかっている為に、書き始めるのに若干の勇気と気力が要るのだ。

ミスター吉田との出会い

今回紹介する変な人は仮にミスター吉田としよう。

彼とは知人が経営しているカフェで知り合った。友人に誘われてカフェに行ったところ、ミスター吉田もたまたま来ていた様子。友人とミスター吉田は知り合いだった為、同席で飲むことになったのが始まりだ。

彼と知り合ってからというもの、いこの働いていた魚市場、文化施設、件のカフェ、お祭りなどの地域のイベント、どこにでも出没し唐突に話しかけてくるのだ。

そもそもそこの地域性自体が、すごく結束したコミュニティというか横のつながりがある。だからミスター吉田でなくとも知り合いの知り合いは知り合い、みたいな感じでまさに網の目状に人々が繋がりあっていた。

なので必然的に生活圏内のあらゆる場所で、知人とばったり出会うというのはぜんぜん珍しくないことではある。

主語がない為、何を話しているのかわからない。

浅黒く、背は低く痩せ型のミスター吉田はいつも色の入ったサングラスをしている。

年齢は60前後、いこの両親と同年代のように見える。

風見しんごを小一時間燻して、神経質パウダーを振り掛けたような感じ、と言えば想像できるかしら。

とにかくアクの強い人。

出会った瞬間からいこの変な人センサーはメーターを振り切っていた。

次々に移り変わる話題にいこは付いていけず、100mくらい後ろに置いてかれていた。

と、いうのも気付いたのは彼には『主語がない』ということ。それに加えて猛烈な早口。

長年の付き合いであれば、話の流れで「あ、はいはい、この話ね。」みたいについて行けるのかも知れない。でも初心者は容赦なく振り落とされるスピードと荒い運転だった。

いこは小一時間繰り広げられた何一つわからない話題に疲れてしまい、その日は友人を残し、一人その場を後にしたのだった。

神出鬼没のミスター吉田

前述の通り、いろんなところに現れるミスター吉田。逆を言えばいこもいろんなところに行ってるってことなんだけど。

いこを見つけると30メートル先からでもぐいぐいと真っ直ぐに直線距離を縮めて来る。

そしておもむろに主語を欠いた話をし始めるのだ。

普通人間同士、出会ったらまず挨拶、そしてワンクッションの無難な話題、話したいことがあればそれからという緩やかな会話の曲線というものがあるはずだ。

それをミスター吉田は全てすっとばし、いきなり自分の話したいことを主語なしで話し始めるのだ。

もちろんいこは何を話しているのかわからない。厄介なのはいこがその時ミスター吉田がしている話題をしっかり理解している体で話してくること。

そして畳み掛けるようにミスター吉田の意見に同意を求めるのだ。

いこはへらへらと笑いながら曖昧な相槌を打つ。

しゃべり倒し満足したミスター吉田は、持ち前の機敏な動きで「それじゃ。」とちゃきちゃきと去っていく。

残されたいこはいつも、なんだか大切なモノを奪われたような気になって茫然自失としてしまうのだ。

ミスター吉田と知り合ってから東京移住の為に岡山を離れるまでの一年間、ミスター吉田の話を理解できたことは悲しいかな一度もない。