袖摺り合うも他生の縁と言うけれども、ほんとに不思議な再会ってあるもんなんですよね。
いこ結婚する前は放浪癖があって、お金を貯めては海外にふらり旅をするのが好きだった。
そんな中で時には本当に不思議な力が働いたとしか思えない再会をしたことがある。
出会いはいこがオーストラリアのアデレード付近にいた時の話。
ワーキングホリデーでオーストラリアにいたいこは、お金を稼ぐ為そろそろ葡萄の収穫の仕事がぼちぼち出始める、という情報を耳にしてゴールドコーストからアデレードへ飛んできたのだ。
オーストラリアではピッキングと呼ばれる農作物の収穫の仕事がたくさんあって、英語が話せずとも稼ぐことができるのだ。
種類は様々。バナナ、マンゴー、いちご、葡萄、ズッキーニ、トマト。ありとあらゆる野菜や果物の収穫の仕事が一年通してオーストラリアのどこかである。
海外には、英語が話せない日本人ご用達の日本人宿という便利なものがある。海外に住みついた日本人によるものか、日本人をビジネスターゲットにした日本語を話せる外国人オーナーによる宿だ。
そんな日本人宿にはピッキングの仕事情報が集まっていたり、宿によっては仕事を斡旋していたりするところもある。
いこはアデレードの日本人女性とオーストラリア男性の夫婦が営む日本人宿に泊まり、仕事情報を集めることにした。
小猿なチャラ男に言い寄られる。
滞在先の宿には、仕事待ちの日本人で溢れ返っている。
すぐにみんなと打ち解け、仕事の情報交換をしながら交流を深めた。
夜にはみんなで一緒にご飯を作り、酒を飲み楽しい時間を過ごす。
滞在何日目かのある夜みんなで飲んでいた時にある男に散歩に誘われた。
その人は当時いこの一つ上の26歳。風貌は頭は坊主、背格好は160センチちょいくらいで細身の小柄。上はフリース、下はタイパンツの旅慣れた様子。便宜上、小猿男とでも呼ぼうか。
宿の近くの公園のベンチに座り他愛もないことを話した。そんな中で小猿男は、これから世界一周をするんだと言って意気込んでいた。
話の流れの中で恋愛話になり、なんとなーく雲行きが怪しくなり始めた。
それを察したいこは「そろそろ宿に戻ろっか。」と立ち上がる。
すると、小猿男はおもむろに手をつないできて、突然「キスしようよ」と…。いやいやいや…どんな流れ?
よーわからんし、タイプじゃないし、と言うことで笑ってごまかし、足早に宿に戻った。
次の日の朝、小猿男は次の目的地へと旅立っていった。
偶然の再会その1 世界の中心で小猿男を見かける
その後、いこも葡萄ピッキングでお金を稼ぎ、帰国前にオーストラリア国内を旅する通称「ラウンド」の為にアデレードを経ち、最後にエアーズロックのあるアリススプリングスへと向かったのだった。
そこではオーストラリア滞在中に出会った友人と落ち合うことを約束していて、旅の集大成とも言えるイベントだった。
エアーズロックへの玄関口、アリススプリングスという場所はオーストラリアのちょうど真ん中、へその町だ。
町といっても荒野にちょこんとあるオアシスのような小さな集落。
友人と落ち合った後いこ達は、アリススプリングスの街中で見覚えのある顔を見かけた。
小柄で見たことのあるタイパンツを履いている。アイツだ。
話しかけるとやっぱり小猿男だ。いこにキスをせがんだこともなかったかのように普通に話してくる。
半年後の偶然の再会。特に感動もなく、さよならをした。
言ってもオーストラリア内の別の場所で再会したり、同じ時期に世界一周をしていたりすると、行動パターンやルートも限られる為、1~2年の間であればどこかで偶然再会するなんてのはよくあることなのだ。
でも、ヤツとの縁はそれでは終わらなかったのだ。
偶然の再会その2 4年後ブラジルで偶然の再会
その後いこは帰国し、普通のOLをしながらいつかまたお金を貯めてふらり旅に出ようと企んでいた。
そして2012年、ついに時はきた。カナダでのワーキングホリデーを経て中南米を旅することになったのだ。
ブラジルはサンパウロから南へ300キロ程行ったところにある日系ブラジル人の営む農場で2ヶ月滞在したときのこと。
その農場は旅人がよく訪れ、旅人はみんなが集まる大きな食堂で紹介されるしくみになっている。
いこが1ヶ月くらい滞在した頃に、また新たな旅人がやってきたらしい。
みんなの前で挨拶をする、その男はいつかどこかで見たことがあるような気がする。
その男の遠くに座っていたため声が聞こえず、名前を聞き逃してしまった。
後から貼り出された旅人情報を確認して、いこは驚きに驚いた。
やはり…お前は小猿男だったのか…。
話を聞くと、小猿男もあの後一旦日本に戻り何年か仕事をしお金を貯めての念願の世界一周の途中だという。
4年前に言っていた世界一周の夢。叶えたんだね…。おめでとう。
ただ、4年後の彼は不思議なカタチの袖をした淡い黄色のシャツを着ていた。
女性のシャツのタイプで言うと、パフスリーブのブラウスというものに分類されるだろう。
その農場に長く滞在するリカさんという当時40代後半のおばさんはこう言った。
「私、わかるのよ。見たらすーーぐわかった。あの人ね、ゲイよ。」
4年前、小猿男にキスを迫られたいこは複雑な思いで、不思議な再会の因果をかみ締めた。
それにしても、小猿男はこの4年の間に新たな目覚めを体験したのだろうか、それとも旅が長くなりすぎて日本のファッション感覚とかけ離れてしまったんだろうか…。
当然、運命?(*キラキラ*)なんてお花畑な感情も思いもなく、いこはただただ淡いパフスリーブの袖口を眺め続けたのだった。