【変な人日記11】熱帯夜、屋上でビール箱に板を敷いて寝る女達




ついに夏がやってきた。

暑い夏になると、どうしても思い出してしまう…。あの刺激的な夏の夜を。

それは2年前の夏のこと。

旅人だったいこは、ひょんなことから知人のつてを頼って瀬戸内海に面する、ある港町の怪しい廃ビルに住むことになった。

その廃ビルはファンキーな野心家が、一人で少しずつリノベーションをしてやっと住めるようになったというビル。

 

外観はすべてが錆び付き、手をかけられなくなって久しい歴史が重々しい雰囲気と共に貼り付いている。

そんな中、引っ越しを決めたいこはここでどんな生活が始まるんだろう…と内心ドキドキしながらたどり着いた。

部屋は古くも、すぐに生活が始められるように家具や食器が揃えられていた。

いこは心優しい野心家に感謝しつつ生活をスタートさせた。

 

既に入居していたたくましい女子達との出逢い

そこにはいこの他に3人の女子達が住んでいた。

一人は岡山の内陸出身の芸術家女子。いこの隣の部屋に住んでいる。若干、いやかなりの腐女子。部屋に丸い猫を飼っている。

最初に挨拶してくれた感じではショートボブに黒縁眼鏡の彼女は気難しそうでクールな印象。サブカル女子。にも関わらず飼っている猫を呼ぶときは甘~い猫なで声を出す内面はかなり乙女な女子だったということは後に知ることとなる。

後の二人はどこだか忘れたが、タイだかネパールだかの海外の旅で出逢ってから10年。気が合っていろいろなところで一緒に旅をしたり、時にはそれぞれの道を行ったりしながらの長い付き合いで、今回はそこで再会し、しばしのゆるいせとうちライフを送っているということだった。

お互いの彼氏とそれぞれの部屋に暮らしている。

 

最初はほかの入居者との距離感がわからず、一般的な距離を保っていたが、どうやらこのビルは時空がねじ曲がっているらしく、いわゆる現代の、一般的な距離感というのは存在しないらしい。

いきなり、どんどんとドアを叩かれ、「お菓子を焼いたからおすそ分けあげるー」とか、事あるごとにご近所づきあい。最初はかなり戸惑ったが慣れてからはオールウェイズ3丁目の夕日空間であるその廃ビルでの生活を楽しんでいた。

 

エアコンなんてないコンクリートビルに夏がやってきた!

 

そこでの生活は心地よかった。ビルからは瀬戸内海が見え、屋上からの景色は最高。

ただ、夏が進むにつれてエアコンも扇風機もないコンクリートビルの夜を過ごすのが困難になってきた。

いこの部屋は4階建ての3階。両側に部屋がある。

昼のうちにコンクリートに蓄えられた熱は夜になっても冷めず、冷めるどころか蓄えた熱を夜に放出してくる。

旅コンビ女子の一人の部屋は西側の角部屋。ビルに当たる全ての西日を吸収したコンクリートから、熱波が容赦なく部屋の中を炙る。その部屋に入ったことがあるが、いこの部屋の比ではなかった。

またもう一人は4階に住んでいて、その部屋も屋上からの熱をダイレクトに部屋に伝えていて、どの部屋もとにかくやばかった。えぐかった。

その結果窓を開けたって何をしたって寝られない。

当時貧乏過ぎて扇風機さえ買うのをケチっていたいこはドラッグストアでアイスノンを二つ購入し、一つは枕。一つは抱き枕にして涼みながら寝ていた。それでも朝を迎える時にはアイスノンはでろでろになっていて、汗だくで寝不足の二重地獄を毎日毎日味わっていたのだ。

ある夜、始まる屋上クエスト。

生まれてこの方「寝るのは家の中」という常識を持っていたいこは、進化を遂げることになる。

もう我慢できない!!と夜中に屋上に涼みに上がると、婦女子がビール箱に板を渡して寝ている。

なるほど。いこもそうしよう!とその日、屋上ビール箱ベッドで一晩明かしてみたのだ。

 

…久しぶりに熟睡。朝の目覚めの違うこと!!!

爽やかすぎて早起きしたいこは、屋上のさらに上の給水タンクのある場所から格別の瀬戸内海を望もうと思い、備え付けられたはしごを登った。

 

すると、先客が……。

旅コンビ女子のうちの一人とその彼氏が一番いい場所で寝ていた笑

もう、みんなコンクリートの熱波に炙り出されて屋上に出てこざるを得なかったんだな…。

 

次の夜から女子4人、仲良くビール箱ベッドを並べて夜な夜な屋上で、星空を眺め、会話をしながら眠りにつくという素晴らしいルーティンが出来上がったのだった。

 

 

あれは青春。思い出す青春。最高の夏だった。

そんな女子って日本中探してもほんの一握りだろう。

たくましい女子達に乾杯。