【変な人日記1】 コーヒーに取り憑かれた男




 

以前、とある岡山のゲストハウスに泊まった時の話。

ゲストハウスといえば、そこに宿泊する他のゲストとの交流も楽しみのひとつ。

 

いこはその夜、共有スペースにて30代半ばの男の子と20代前半の女の子との交流を楽しんでいた。

赤いTシャツのおじさん登場

すると、そこに真っ赤なTシャツを着て、クリアボックスを持ったおじさんが現れました。

年の頃は60代前半というところか。赤いTシャツを反射してか内臓の問題なのか、顔は赤黒い。

ゲストハウスにクリアボックス持参という時点で、いこの変な人センサーがビリビリ反応。

いや、そこにいた誰しもが「おや…?」と思ったはず。

 

そのゲストハウスのターゲットとしてはおそらく20~30代の若者層。その日もそんな感じのゲスト達が宿泊しているようだった。

赤Tのおじさん(以下おっさん)はいかにも、このクリアボックスつっこんで、といった風情で共有スペースで手持ち無沙汰にしている。

 

こーゆー時に無駄なサービス精神を発揮してしまういこは、赤Tおじさんのお望みどおりに声をかけた、変な人のサンプルを取りたい気持ちも相まって。

クリアボックスの中から出てきたものは…

すると、待ってましたとばかりにおっさんがもったいぶった様子でクリアボックスの中身をおもむろに取り出す。

中からはなんとおおきめのコーヒーミルが。よくある古道具みたいなかっこよさめのやつ。

上が真鍮のぐるぐる回す取っ手で下に挽いたコーヒーの粉が落ちる引き出しがついたやーつ。

 

おっさんは「僕は三度の飯よりコーヒーが好きで…」と自己紹介を始める。

話は予想通りおっさんのコーヒーの知識のひけらかしへ。

スーパーで売ってるコーヒーはしょうもないもんばっかりだ、僕はいつも自分で選んだ豆を好みに焙煎してもらってる。ゲストハウスを渡り歩いてみんなにコーヒーを飲ませてあげてるんだ…云々。

 

話としてはおもしろいが、そこにおっさんのどぎつい自己顕示欲が見てとれた瞬間に周囲は引き気味。いこと話をしていた30代半ばの男の子は露骨に嫌な顔をしている。

20代前半女子は、性格がよく、合いの手を入れながらおっさんの話に耳を傾けている。

 

いこの大好物は、こーゆー変な人が周囲の人々を無作為に悪気なく巻き込んでしまう不思議な磁場を観察すること。

この日もかなり歪んだ磁場が発生していていこは目が離せない。

 

コーヒーの試飲会、はじまる。

赤Tおっさんのルーティンワーク「コーヒー講座」が終わると、彼は「さて」と件のクリアボックスから何種類かの紙袋を取り出した。

それはいきつけのコーヒーショップで焙煎してもらいたてのコーヒー豆たち。

どこ産だかはもう忘れたけど、3~4種類あったな。

 

うんちく付きのコーヒーの振る舞いが始まった。

もうその時点で夜20時。本音を言えばコーヒーなんてこんな時間に飲みたくない、というのがみんなの共通の気持ちだった。

しかし、おっさんはそんな事は関係ない。というか、みんながおいしいコーヒーを飲みたくて今か今かと待っている、くらいに思っている。

おっさんは豆の種類、鮮度、焙煎具合、挽き方、お湯の温度、淹れ方など、丁寧に丁寧にみんなに説明してくれた。

どうして、押し付けになると途端に両耳がぱたんと閉じてしまうのか。面白くて為になる知識なのに。

 

いざ、お味は。

おっさんは赤黒い顔を照り照りとさせながら、みんながコーヒーを飲むのを見ている。

「どう?違うでしょ?」おっさんの目の奥がきらりと光る。

 

………いこは思った。ん。普通。…というか、むしろマズイ…。

豆は深く焙煎してあって真っ黒で、素人のいこにはおっさんのコーヒーはこげの味にしか思えず。

でも、サービス精神の人いこは「あ、おいしい…違いますね」とかなんとか言っちゃうんだよ。

なんだったんだ、この時間。

 

この不毛さも変な人観察における醍醐味だったりするのだ。

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