とんとんとん。
目を開けると、隣に寝ていた1歳7か月の長男はるとが目を覚まし、いこの顔を覗き込んでいる。
いこが起きたことを確認すると、また隣でころん、と横になって可愛い声で歌を口ずさんでいる。何の歌だかわかった試しがないが、何とも言えない幸せな気分。
はるとと反対側を見ると、生後3か月を過ぎたばかりのしほも目をぱちくりさせて天井を見ながら手足をもちょもちょと動かしている。
そんな風にして一日が始まる。
まずはコーヒーの為のお湯をケトルにセットし、リビングの窓を開ける。
春めいてきたこの季節、窓を開けると少し冷たくて鮮度のいい空気が部屋の中に流れ込んでくる。鼻から息を吸い込んで、春の朝の若草風味の深呼吸。
さあ、今日もなんとかかんとか乗り切ろう。
それからバタバタとこどもたちのおむつや着替え。
はるとはパジャマのズボンを脱がせると、それがスイッチになっているかのごとく笑いながら走って逃げていく。おむつを替えるのも着替えを済ませるのも一筋縄ではいかないのだ。
しほは穏やか。機嫌の良い、くりくりの純真無垢な瞳で天井を見ながら、おかあさんを待っている。なんていいこ。
そうこうしていると旦那わさお君が起きてくる。
その頃にちょうどケトルのお湯が沸いたことを知らせるカチっというスイッチ音が聞こえてくる。
愛しき日常 コーヒーじゃんけん
朝はお互いに特に急ぎの用などなければ、わさお君とコーヒーじゃんけん。
負けた方がコーヒーを淹れる。ただそれだけのこと。
いこたちがじゃんけんをしていると、じゃんけん覚えたてのはるともにこにこしながらパーを出してくる。まだチョキは出せない。
しほは2か月を過ぎた頃から自分の手を見つめるハンドリガードを始めた。
今日も手をグーにして天井に突き上げている。見ようによってはじゃんけんに参加している。
わさお君は自分では気付いてないようだが大体勝ちたいと力む余りグーを出しがち。じゃんけんめちゃくちゃ弱い。なんでだろう?と頭をかしげていたが、少し前にからくりがわかったらしい、少しだけ勝率があがった。
そういうわけで朝のコーヒーはわさお君が淹れてくれることの方が多い。
そこにひとつ問題が。コーヒーを丁寧に淹れてくれないこと。
そんなにこだわりがあるわけではないけど、そのガサツな淹れ方では朝の大事なひとときに水をさす。朝を素敵に始められたら、どんなに散らかった日常だとしても、機嫌よく一日を過ごせるというものだ。
わさお君は一気にいきなりどばどばどばーーとお湯を注いでしまう。何度も蒸らせと言っても蒸らさない。
そーゆー時だけ「オレ、チンパンジーだからできないのよ、そーゆーこと」と謎の鉄板常套句。
いこも懲りずに「蒸らしありで!」と 何度でも伝える。
すると、わさお君「なんなん、そのオプションみたいな言い方」と笑う。
ある日は 2人で 「MURASHI(むぅるぁしぃ)」、と日本の秘技みたいなニュアンスを込めて言い合って笑ったり、愉快で愛しい日常なのだ。
しほは天井を見ている。
はるとはテレビの音楽に合わせて腰を深く落としながらリズムをとっている。
部屋の中は、コーヒーのいい匂い。