Life is contentsという言葉に救われ、続かないブログを再開した話

Life is contentsという言葉に救われ、続かないブログを再開。




旦那わさお君が読んでいた三浦崇宏氏の言語化力という本。

格闘技好きのわさお君は青木真也氏が大好きで、その一派の三浦氏の言語化力という本があるのを見つけて購入したようだ。

忙しい毎日でまだすべてを読み切っていないし、三浦氏の自慢多めの本ではあるが、でもとても響くこともたくさん言っていて、わさこの活力になったので書き記しておきたい。

Life is contents(人生はネタだ)

何度も挫折しては、再開し、再開しては挫折してきたブログ更新。

恵まれた2人のこどものかけがえのない大事な成長を何かに書き記しておきたいと思っていた。

ずっと放置していたブログも、いつかは再開したいと頭の片隅で思っていて、でも一度遠のいたものを再開するってのはかなりのエネルギーが必要で、重い腰を上げきれず、結局だらだらと放置していた。

そんな日々の中で『言語化力』というわさこにとってかなりパンチの効いたタイトルの本が、ブログ再開に向かわせる衝撃をズドンと与えてくれたのだ。

直観は100%正確にことばにすることはできない。しかし、その100%正確ではない、ということに対して謙虚になりながら言葉を重ねていくしかない。

三浦崇宏 / 言語化力 

本の中でLife is contents(人生はネタだ)ということを力強く言っていて、

発言する意味がない人間などいない、と三浦氏は断言している。

「Life is contents」。この言葉一つ胸に仕込んでおけば、笑われること、転ぶこと、負けること、間違えること。ぜんぶ、自分のネタ・武器・財産に変わっていく。

三浦崇宏 / 言語化力

わさこがこの本からもらった知恵は「自分の言葉で語ろう」というコンセプト。

ブログ更新が途絶えて、書けなくなったのは誰かに評価される完璧を求めたり、その結果、誰かの目線を意識した全く自分の言葉じゃないからっぽの言葉を紡いでそれがしんどくなったところもある。あとはやっぱり、なんだこのつまんない記事と思われるのが無意識に怖かったから。

Life is contentsというコンセプトに立てば、何もかもがネタになるし、何より自分の言葉で語れる。

そして、なんだかこの言葉に鼓舞されて人にどう思われるかをあまり気にせずによくなった。

Life is contentsってそれこそわさこが言語化できていなかったけど、思っていたことだ!と感じたところもある。

それはこの迷走を極めたブログ。

時に旅のこと、また時には変な人日記。いろんなことに興味があり、自分が見聞きして面白かったこと、印象に残ったことを切り取って記事にしてきた。

Life is contentsだな、と言語化出来ずとも思っていたからこその散らかしブログ。

とても散らかしていて、こんなの誰が見るんだと思いながらも、自意識過剰で人の目を気にするというこじらせブログとその管理人。

でもLife is contentsという定義が与えられたことでわさこの地縛霊が浄化された感がある。

自分の人生の経験は自分ひとりのもので、他の誰にもわさこの視点からは語れないのだ。

そう思ったら誰かの評価を気にして言葉にすることを躊躇するということが、ばからしくなった。

いいんだ、思い通りに言葉にして。と思えることができた。

わさこは昔はかなりのアウトプッター(そんな言葉があるのかは知らないけど)でノートに自分の思ったことを書き殴っていた。

けど、歳をとるごとに賢者になり、自分は何者でもないのだ、ということを知っていく。果たしてそれは賢者なのか。わからん。

そして「沈黙は金」とばかりに、自分の思っていることを表現することが激減した。

そうすると思いを言葉にする筋肉、つまり言語化力がどんどん弱まっていった。

悪循環で思考まで鈍くなる始末。そうすると更に、なんということでしょう、人生がつまらなくなります。そして自己肯定感が低くなっていく。

まあ、とにかくわさこはこの本に救われた。

Life is contentsと「自分の経験を自分の言葉で語ることに価値がある」ということを教えてくれた。

そう思えたら発言することが怖くなくなって、そしたら人の目も気にならなくなって

ついにブログを再開するエネルギー値まで上がってくることができたのです!なんということでしょう!(アゲイン)

数日前にアメトーークでザ・ノンフィクション芸人みたいなのをやってて見て思った。「まさにLife is contentsだな」と。

日曜の昼過ぎにテレビをつけてたらたまたまかかってそのまま見た、くらいの視聴経験しかないけど、確かにザ・ノンフィクションは無名の人々のある人生を切り取っている。それって普通に考えればスルーされるようなそこらじゅうに溢れた日常でしかないけど、切り取り方によっては十分ネタになるんだよね。

後は、家着いていっていいですか?みたいな番組も要はLife is contentsってことなのよね。

人生にドラマがない人なんていない。ってことなんだよな。

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わさこはたまにカフェに入ると、隣の席で繰り広げられる会話をなんとなしに聞くのが趣味なんだけど、それってまさに、普通の人たちの何気ない日常が実は面白いっていうLife is contentsという視点からの価値観だったんだなと気づいた。

いつか、隣の人達の会話を少しデフォルメしただけの会話を記したブログを作ってみたいなってアイデアもあったくらい。

それってどういうことなんだろう。

やっぱり人は人に興味があるし、人には見せない部分もたくさんある。

そんな一面をうまく切り取ればいくらでも面白いcontentsになっちゃうんだよね。

わさこがブログを再開できたのはLife is contentsという言葉と、昔読んだ樺沢紫苑さんのアウトプット大全のある一節のおかげ。

アウトプット大全では、「完成度3割でアウトプットしちゃおう」ということが書かれているページがあって、その心は「完璧を求めすぎるとハードルがあがって行動力が落ちるから、まず先に3割で出しちゃって、あとからブラッシュアップして完璧にしていくのがいい」ということが書かれていた。

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わさこは完璧主義者ではないけど、無意識にそれなりのものじゃないとだめだ、という気持ちがあったので、この考え方にもかなり救われた。

だからこのブログも段落なし、繋がりとかもめちゃくちゃかもしれない。

まずは3割で出しているから。そして少しずつ完成に近づけていく。

そんなこんなで人生はネタだということで、日々面白おかしく生きている様をこれからも自分の言葉で綴り、お届けしたいと思います。

この未完成、雑さ、がさつさなど全て含めてLife is contentsであり、わさこにしか語れない言葉で綴ってあるんだよー。

わっしょい。